医情研通信 Column & Blog

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三浦春馬さんと彼女を隔てるものは何?

2020年8月25日

先月ふたりの医師が逮捕されたことで発覚した、
京都ALS患者嘱託殺人事件に関するオンラインセミナーに参加しました。
(緊急Zoomセミナー
「いのちを語る―京都ALS嘱託殺害事件と人工呼吸器のトリアージ」
8月17日/主催:ゲノム問題検討会議/講師:島薗 進・安藤泰至・川口有美子)

3人の講師によるさまざまな問題提起のなかで,
とりわけ印象に残ったものが鳥取大学の安藤泰至氏による,
「この事件では,亡くなられた女性の死を悲しむ,悼むという,
まず最初になされるべきことが十分になされていただろうか?」
という指摘でした。
同じ時期に自死された俳優・三浦春馬さんの死は
多くの人が悲しみ,悼んだのに対し,
彼女の死は十分に悲しまれ,悼まれたか?という問いかけです。

その活躍を多くの人が知っていた俳優と一般女性とでは,
反応が違って当たり前なんじゃない?と思われるかもしれません。
しかし,安藤氏は同様の例として,4年前の相模原障害者施設殺傷事件を挙げ,
同じ年に軽井沢で起きたスキーツアーバスの事故で失われた
15人の若者の命は多くの人が惜しんだのに対し,
殺害された19人の障害者の命に対してはどうだったか?と問います。

 “どこかで,私たちはある「決めつけ」をしているのではないか?
 「(生きていても)かわいそうな人」,「死んでもよい人」と―”。


確かにネット上では今回の事件について,
「死にたい」という人の望みを叶えることも必要なのでは?
といった意見が少なからず見られました。
 
でも,たとえばいじめにあって,あるいは仕事や家をなくして
「死にたい」という人に,望みどおり死なせてあげようよ,
と思う人はどれくらいいるでしょう?
「死にたい」というがん患者さんを引き留めない人は?
亡くなった彼女が望んでいたことは,
「死んでもよい人」と認めてもらうことだったのかしら?
 

今は障害と縁のない日々を送っている人も,
ある日突然,不慮の事故や病で障害を持つ,
そんな可能性の中を生きています。
重い病や障害を持つ人とは地続きであり,
「生きたい」と「死にたい」も地続き
だと考えることができます。
 
とはいえ,重い病や障害を持つ人のこと,
たとえばALS患者さんがどんな生活を送っているのかとか,
どんな気持ちで日々を過ごしているのかとか,
あまり知られていないように思います。
知らないからイメージだけで
「かわいそうな人」と決めてしまう
のかもしれません。

まずは知ることからだなあ・・・と思いました。
 
最後になりましたが,今回の事件で亡くなられた林 優里さんのご冥福をお祈りします。
 
(梅)
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